人間科学とはなにか  人間科学の基礎T 05(田畑)

シラバス

講義内容

 「人間科学って何ですか」とよく聞かれる。「人間科学」関連の名をもつ学部学科は日本だけでもすでに200近いとされているが、一般社会では「人間科学」についてのイメージの共有がまだないということだろう。ところが「人間科学」は21世紀における学問の再編成の中心に位置しているといっても過言でないのである。
 第1に「人間科学」は「人間(Human Beings)」を対象とする「学際的」で「分野横断的」な学問への強い志向をもっている。岐路に立つ人類や日常生活の危機を視野に入れ、過度の専門分化を脱却し、総合への強い志向をもった学問の運動である。第2に「人間科学」は文献研究を大事にするが、それにとどまらず、フィールド(現場)研究や調査活動を重視しようとする。第3に「人間科学」は新しい人間研究を踏まえ「人間のよき生活(Human Well-Being)」を実現しようとする実践への強い志向をもっている(「応用人間科学」など)。
 「人間科学の基礎
T(田畑)では「人間科学」についての基本ガイドを行いつつ、まずは「歴史的アプローチ」で「人間」に迫ってみたい(個人史と人類史)。フィールド研究については秋学期の「人間科学の基礎U」で、また「人間」への「構造的アプローチ」は2年次春学期の「人間論」で学んでいただく予定である。なお「人間科学」は「学際的」で「分野横断的」な学問なので、「全学共通科目」の生命科学、心理学、社会学、人類学、環境科学、教育学、哲学、倫理学なども合わせてしっかり勉強してほしい。

講義方法

(1)毎時間プリントを配布。講義は必ずしもプリント通りではないので、ノートもとるように。
(2)毎時間、最後の10分に、テーマを出して、400字程度で自分の考えを書いてもらう。これは理解度を知るために小テストであると同時に、田   畑に対する異論や質問を書いてもらって、議論の双方向性を確保するためでもある。翌週の最初に、復習を兼ねていくつか紹介する。
(3)適宜、プレゼンテーションやグループ討論を行う。

学習上の注意点 グループ討論で、他人に任せきりになる学生がいる。

評価方法 毎回の小テストと期末のテストを合計して評価する。小テストの比重はきわめて大きい。

参考文献 滝内大三・田畑稔編著『人間科学の新展開』(ミネルヴァ書房、夏休み前に刊行予定)を配布する。

学生への要望 質問があれば、遠慮なく研究室へ来てほしい。延長戦で楽しい議論をしよう。勉強の相談にものります。

オフィスアワー 水曜日5時限目

年間(学期)計画

1部 導入
(1)いまなぜ人間科学か?
(2)人間を神・動物・ロボットと比較する(グループ討論)
(3)人間をトータルにとらえるには
(4)体験学習オリエンテーション (4月22日(金)、4月27日()
2部 個人
(5)人間の一生(人格の歴史)
(6)人間の心
(7)個性・性格・人格について
(8)自分史の書き方
   中間レポート「自分史を書く」
3部 人類史
(9)自然史と人類史を鳥瞰する
10)人類の起源
11)人類史の中の現代世界
12)人類の未来
4部 まとめ
13)人間科学の可能性を求めて(これからどう勉強を進めるか)

T 現代の「人間科学」の3つの志向  

 「人間科学って何ですか」とよく聞かれる。「人間科学」関連の名をもつ学部学科は英米を中心に多数見られ、日本だけでもすでに100以上を数える。しかし一般社会では「人間科学」についてのイメージの共有がまだないということだろう。ところが「人間科学(Human Sciences)」は、少なくともその積極的意味からすれば、21世紀における学問の再編成の中心に位置しているといっても過言でないのである。

(1)総合への志向 第1に現代の「人間科学」は「人間(Human Beings)」を「対象」とする「学際的(interdisciplinary)」で「分野横断的crossdisciplinary)」な学問、「総合(synthesis)」への強い志向をもった学問である。これには二つの歴史的背景がある。

現代の専門分化した諸科学(歴史学、生命科学、心理学、社会学、経済学、政治学、人類学、言語学など)は、それぞれ自身の内部でも極度の細分化が進行しており、細部に詳しくても、かえって全体や現実が見えなくなりつつある。岐路に立つ人類や日常生活の危機を視野に入れるならば、過度の専門分化からの脱却が切実に迫られているのである。

さらに諸科学が発達した結果、全面解明には程遠いものの、輪郭としては「人間」についての全体像を描けるだけの科学的知見の集積をわれわれはすでに手に入れつつある。

こういう背景があって「人間科学」は「人間」という存在を対象とする総合研究への強い志向をもった学問の運動として注目されつつあると言えよう。

<例>フェミニズム、心的障害、環境危機などにおける生理的、社会的、歴史的、心理的な側面の総合的理解。

(2)実践への志向 第2に「人間科学」は新しい人間研究を踏まえ、「人間のよき生活(Human Well-Being)」を実現しようとする「実践(practice)」への強い志向をもっている。この面は「基礎科学」としての「人間科学」に対して「応用人間科学(Applied Human Sciences)」などと呼ばれる場合がある。

ところで「応用人間科学」は、ともすれば「人間工学(Human Engineering)」や手ごろな「ハウ・ツー」という狭い「利便性」の枠組みで了解されがちであった。しかしそれらが果たして「人間のよき生活」であったのかが反省されている(例えば「環境ホルモン」)。人間を総体としてみる目を失い、人間のある側面だけを孤立させて了解してしまうという従来の人間了解の基本欠陥が隠れていたのである。

今日「Human Well-Being」を考える場合、人類史的なマクロのレベルと、日常生活的なミクロのレベルを切り離さないで考えることが不可欠であるのは周知の通りである。例 共生人間論

(3)フィールドへの志向 第3に「人間科学」は文献研究や理論をきわめて大事にするが、それにとどまらず、フィールド(現場)研究や調査活動を重視し、「現場(field)」への強い志向を持っている。転機に立つ人類の現状や日常生活の危機を踏まえ、具体的トラブルに即して、研究グループをつくり、実態調査・資料収集を行い、「導きの糸」となる理論を学び、それを道具に問題を分析し、問題解決に向けて提言し、会合を企画して発表する。問題意識→チーム形成→資料収集・調査→理論学習→分析→提言→発表→企画というこの調査-研究-提言能力は、職業人としても、市民としても、生活者としても、今後の人生で決定的に重要となる。そういう知的活動のスタイルを養成する学問なのである。

U 「人間科学」の6つのモデル  

(1)便宜系人間科学モデル 

学問分類上、組織区分上の「便宜」としての人間科学。例えば心理学、社会学、人類学、言語学などは、自然科学と区分して人間科学に便宜上分類される。しかし自分たちは人間科学をやっているという意識はない。

(2)自然系人間科学モデル 

人間に関する自然諸科学的認識の綜合としての人間科学。人間生物学や生理学や解剖学などの総合。これは人間の自然存在の側面のみを研究。

(3)還元系人間科学モデル 

自然科学的方法による還元的人間科学。自然科学のみが科学と考え、人間の感情や内面も自然科学で解明する。養老猛司『人間科学』遺伝子と脳の二つの情報系としての人間。

(4)自律系人間科学モデル 

人間の固有性を対象とする自律的(自然科学から独立した)人間科学。自然科学的法則とは異なる、自由な人間行為の意味の解釈。

(5)総合系人間科学モデル 

人間に関する総合科学。自然的なものと文化的なもの、人類的なものと集団的なものと個人的なもの、心的なものと身体的なものと社会的なもの、などの総合認識。焦点として「生活学」「身体学」など。

(6)応用系人間科学モデル 

「便利」「快適」「健康」などのミクロな生活価値や、「共生」「持続可能性」などのマクロな生活価値の実現のために人間科学の成果を応用する人間科学。

 「人間科学」は大きく分けると三つの時期に区分できるだろう(詳細は略)。

V 対象としての「人間」の6つの側面  

「人間」という存在は途方もなく複雑な存在である。「私」というこの個人が即「人間」であるというのはまったくの錯誤だ。「人間」を「構成」しているにすぎない。まずは、

(1)自然環境

地球環境(大気や水)や生態学的環境(40億年の生物史)や気象などの環境的自然、ヒトゲノムや人間身体などの主体的自然が人間の文化の土台をなしている。

(2)技術

道具使用、農業革命、産業革命、情報革命など、人間は技術進化により自分の生活様式を大きく変容させている。

(3)社会

人間は社会的諸関係の総体である。コミュニケーション、集団、家族、習俗、交易、国家、資本制など。

(4)個人

身体、内面、行為、実存、人格史など、人間において個人性の意味は際立って大きい。

(5)歴史性

「人間」は閉じられていない存在だから、時間的には歴史性という基本面へ展開する。

(6)並存性

空間的には並存性(多様性)という基本面へと進む。

人間のこの6つの基本面を図示すれば、次のようになる。

W 4つの知の相互移行  

人間について「知る」4つの形式。日常知、技術知、哲学知、科学知の区別と相互移行。

ではこれまで色々な学問は人間のどの側面を扱ってきたのか。いろいろな整理の仕方がありえるが、ここでは人間の6つの基本側面について上の図を踏まえて、仮に次のように整理してみたい。

自然環境           技術                社会                      個人   

地球(地球科学)      技術(技術学)         社会(社会学、社会理論)          身体(生理学、医学、運動科学)

生命(生物学)        数学、論理学            言語とコミュニケーション             心(心理学、精神医学)

地理(地理学)                          (言語学、コミュニケーション論)              学習(教育学)

環境(環境科学)                            経済(経済学)                  精神的活動               

                法(法学)              (宗教哲学芸術文学)

                                     習俗・倫理(倫理学)           実存(宗教、哲学、芸術、文学)

                                      文化(文化研究)            パーソナリティー(心理学、社会学)

                         歴史性                        並存性

                     (歴史学、考古学、未来学)       (文化人類学、民族学、人文地理学、比較文化論)

見ただけで目がくらむようです。これらすべてを学ぶことはもちろんできませんが、どれか一つだけでも比較的詳しく勉強しておくことはとても大事なことです。これらの学問は、数千年間、大量の人間がお互いに分業し、膨大な時間とエネルギーを費やし、過去の成果を批判し、摂取して今日に至っているものです。ただ個別諸科学は直接「人間とは何か」を扱っているわけではありません。むしろ諸科学は、病気を治すとか、収量を増やすとか、経済調整をするといった、一定の操作的有効性を目的に、対象のある側面のみを抽出し、「理想状態化」し、「類型化」するということの上に成り立っているのです。したがって個別諸科学を学ぶものは、部分から全体へ、抽象から現実への知的営みが欠けると、労働現場にいる人間や生活者から「専門馬鹿」だと軽蔑されるわけです。

これに対して最も古い学問のひとつである哲学という学問は、人間や世界をトータルにとらえようとする点で、また人間の自己了解の構造を反省する(「「人間とは何か」を人間が問うということはどういうことか」を問う)という点で、個別科学と異なる課題をもちます。しかし哲学も、生活世界の具体的実際的個性的全体性を見失い、経験諸科学の成果に無関心だと、抽象論にとどまってしまいます。

だから「人間とは何か」についての我々の探求は、個別学問領域と「総体としての人間」との往復運動を要請します。また生活世界と学問世界の往復運動を要請します。この要請にこたえるには、色々な共同作業や討論も必要でしょう。我々自身の中の生活者的側面と科学者的側面と哲学者的側面を緊張状態において対決させることも必要でしょう。つまり日常生活知と科学知と哲学知の分裂を克服することが問われているということでしょう。そういう課題を掲げるところに、人間科学の意味もあると言えるかもしれません。

我々は、日常生活世界に生きるものとして、すでにこの6つの基本的側面全体を個性的に生きております。そして各個人の個別体験に大きく制約されて人間イメージをもっています。それは一面で生活者としての実際的でユニークな(他者に置きかえられない)真実を表現すると同時に、他面で曖昧さ、狭さ、主観性(我流)を伴います。そこで人間についての我々の認識を広げ、精密化し、根拠づけ、普遍的なものにするための次のステップとして、色々な学問の成果に学ぶわけです。