「鳥の目」と「虫の目」で時代の変化を読む

田畑 稔(広島経済大学教授)

以下は20011110日に広島経済大学6号館でおこなわれた2001年度広島経済大学公開講座での講義であり、『広島経済大学経済研究所年報』第4(20023月発行)に掲載された。

時代は大きく変貌しつつあります。ところが肩もこるが頭もこる。なかなかついていけないところがあります。こういう時代の変化を読み解くためには、頭のこりをほぐす「頭のストレッチ体操」も必要ではないでしょうか。今日の話はそんなつもりでお聞きください。以下、3つの「体操」をやってみましょう。第1体操は「自然史と人類史を大きく鳥瞰してみる」ということです。第2体操は「思い切って時代を区切って見る」ということです。そして第3体操は「時代の変化と生活世界との接点を探って見る」ということです。

1体操「自然史と人類史を読む」

まずは「鳥の目」で自然史と人類史を大きく眺めて見ましょう。時間の巨大な流れをイメージするために、新幹線の東京駅出発を「世界の始まり」とし、広島駅到着を「現在」として、およその位置を括弧の中に入れておきました。

150億年前(東京駅発車)

ビッグバン(大爆発)が起こり、私たちの世界がはじまりました。この世界は最初は1034乗センチ(1センチを10に分割し、その一つをまた10に分割するという操作を34回やった長さ)という超ミクロの世界だったのですが、現在も膨張を続けています。

120億年前(静岡あたり)

最初の天体や銀河が形成されはじめました。星内部の圧力や星の爆発により核融合が進み、現在私たち人間の身体や生存環境を構成しているような、さまざまな重たい元素が生成していきます。ちなみに現在宇宙には1000億個以上の銀河があり、我々の「天の川銀河」一つだけでも、直径10万光年、渦巻状で、約2000億個の星からなっております。 

45.5億年前(西明石と姫路の間)

宇宙の塵が相互衝突し、私たちの銀河の片隅に、地球を含む太陽系が成立しました。

      約40億年前(姫路と相生の間)

水と大気に恵まれた地球の海底に原始生命が誕生し、変化する環境との相互関係の中で生命進化の歴史が始まりました。ちなみに光合成に基づく生命は27億年前頃、動物は6億年前頃に出現します。

4.2億年前(東広島駅を過ぎる)

オゾン層の形成により宇宙線が遮断され、生物の地上進出がはじまりました。

        2.5億年前(広島駅まで14km

爬虫類の一種から哺乳類が枝分かれしました。ただし哺乳類が急激な繁栄をとげたのは、6500万年前ごろに巨大隕石の衝突で恐竜が絶滅したあとになります。

6000万年前(広島駅まで3.5km

最初の霊長類(原猿類)が現れました。歌に出てくる「アイアイ」などはこの原猿類に近いとされております。最古の真猿類が現れるのは4000万年から3000万年前頃です。

500万年前(広島駅まで295m

アフリカで最古の人類(猿人)()があらわれました。森を失った大型類人猿の一部が草原への進出を余儀なくされ、二足歩行をおこない、結果として人類への進化の道を歩むことになりました。ただし、最古の人類から現生人類に到る人類進化の系統樹の全容はまだわかっておりません。

250万年前(広島駅まで143m

現在発見されている最古の石器がつくられました。ちなみに火の使用は150万年前、最初の墓は約10万年前、美術の出現は3.5万年前と推定されております。

      約15万年前(広島駅まで9m

現在の人類の原型をなすホモ・サピエンス・サピエンスが登場しました。

9000年前(広島駅まで53cm

農業革命が起こり、人類は移動と狩猟採集の自然的生活から、農業技術、定住、文字文化、国家制度を伴う文明時代に突入しはじめます。変化する自然環境への適応を通しての進化という生物史の上に、それとは異なる、自分たちで生起させた文化的な環境変動とそれへの適応という人類史の論理が始まります。

500年前(広島駅まで3cm

西欧の一角から「近代世界システム」が徐々に拡大をはじめます。人類のあり方を激変させました。「近代世界システム」は、種子島、長崎、浦賀などへの来航者を通して日本へも押し寄せ、やがてこれを包摂したように、それまで相互に孤立していた地球の各地域を包摂していきました。その結果、人類は基底層としての自然世界、直接層としての日常生活世界、それに歴史層としての「近代世界システム」という三層の世界に生きることになりました。

250年前(広島駅まで1.5cm

イギリスから産業革命が始まります。それは作業機革命、動力革命、生産組織革命(工場制)、それに交通革命という4つの側面を伴っておりました。人類は巨大な生産諸力を、したがってまた巨大な破壊諸力を獲得しました。人類はこの巨大な生産諸力と破壊諸力を20世紀に劇的に発揮することになります。

35年前(広島駅まで2mm

合衆国から情報化革命がはじまります。高速大量の情報処理能力を持つコンピューター、機械の自動制御、インターネットなどをベースに、人類は新たな文明時代に突入しつつあります

さて、このように自然史と人類史を「鳥瞰」して、一体どんなことが思い浮かぶでしょうか。500万年もの歴史を持つ人類が文明時代に突入したのはたった9000年前にすぎません。まして私たちの生きる近代世界が西欧の一角から拡大し始めたのはほんの500年前にすぎません。その人類が、4.2億年前に生成したオゾン層を一瞬にして破壊する。2.5億年前頃の珪藻の大量死が主な起源だとされる石油を一瞬にして消尽する。一瞬にして水や大気などの汚染を引き起こしている。人口爆発も起こしていて、国連の推計では西暦ゼロ年で3億、19世紀初頭で10億、20世紀初頭で15億、ところが20世紀末でなんと60億を超えております。総エネルギー消費量は1860年から1985年の間に約60倍になったという計算もあります。

加速化はファッションや商品開発の回転速度になると異常なもので、暴走としか言いようがない。かつてワコールの塚本社長は「見せる下着」への転換を、箪笥に有り余っているものを「捨てさせる戦略」だと表現しました。合衆国の経営学者であるドラッカーはイノベーションを無条件に賛美し、人間を「新しきを求める存在」とまで定義しております(『イノベーションと企業家精神』原著1985年、小林宏治監訳、ダイヤモンド社、1985)。いずれも「虫の目」では説得力があっても、「鳥の目」で見ることを忘れた議論の典型だと言えるでしょう。こういう見方こそ「時代遅れの古い見方」と言うべきでしょう。

人間は単に自然環境の上で、自然環境との相互作用のもとでだけ生きている存在ではありません。人間は周りの自然を加工・変革したり、他の人間との相互の関係を変容させたり、生活様式を変えたりしながら、歴史的文化環境を自ら形成し、またこの歴史的文化環境との相互作用の中で自らも不断に歴史的変化(自然的進化と区別される意味での文化的進化)を遂げつづける動物なのです。しかし自然史という長い長い歴史の結果として生成し、現在も未来も自然史のリズムを地盤にしてしか生き続けることのできない人間という側面と、自然史的時間からするとつい最近始まったばかりの「近代世界システム」の中で、異様に高速かつ加速的な時間を生きる人間という側面との、巨大な乖離を我々は自覚せざるをえないのです。「加速化」から「持続可能」へ。こういう時代変化の基調を見忘れることは許されないでしょう。

第2体操「20世紀と21世紀を読む」

 「思い切って時代区分をやってみよう」、これが第2体操です。現実の歴史はきわめて複雑に入り組んでいますが、思い切ってバサッと切ってしまい、その上で修正を加えていくのです。例えば20世紀と21世紀を思い切って【図1】のように3つに区分して見てはどうでしょう。


19世紀末に「大不況」があり、ここで資本主義が大きく変わったとされております。そこでこの頃から「長い20世紀」がはじまり、これが1945年の第二次世界戦争終結まで続くと考えましょう。これが20世紀前半になります。20世紀後半は1945年から「ベルリンの壁の崩壊」があった1989年まで続いたと考えて見ましょう。したがって1989年から、「長い21世紀」が始まったということになります。

次に、20世紀前半、20世紀後半、それに21世紀前半というこの3区分に則して、歴史の色々な側面を整理して見ましょう。これもあまりウジウジしないで、かなり強引にやります。これが「唯一の正解」ということでなく、あくまで「頭のストレッチ体操」なのですから、どんどん修正を上積みすればよいという感じでやりましょう。例えば【図2】のように整理してみることができるでしょう。

20世紀前半は2度の世界戦争が際立った時代でした。後半は冷戦構造があり、同時に先進諸国でフォーディズム型の経済成長が見られました。21世紀は今のところ情報化とグローバル化が主な特徴をなし、それらをめぐる対立が顕在化しております。

覇権でみると、20世紀前半でイギリスから合衆国に覇権が移動し、20世紀後半は合衆国覇権にソ連の地域的覇権が対抗しました。21世紀は合衆国の単独覇権から出発しましたが、合衆国は1945年をピークに相対的地位を低下させ続けており、統合EUや中国がこれに挑戦するという議論もあります。しかし覇権国家の時代が終わり、国連の時代、地域統合の時代に大きくシフトする可能性も見ておかねばなりません。

武力紛争で見ると20世紀前半は帝国主義国家間戦争が突出した時代であり、後半は冷戦を背景に体制選択型の局地戦争が多く見られました。21世紀は国家間の正面戦争は後景に退き、政治的独立を目指す少数民族の武力闘争や宗教原理主義的テロルが目立っております。同時にNGOなどの圧力で国連や国際人道法による戦争行為や軍拡や武器に対する規制も大きくなっております。

政治システムで見ると、20世紀前半は戦争の圧力があり極めて国家集権的な特徴をもちましたが、後半は王制や専制(軍部支配や一党支配など)を打破して自由民主主義が徐々に拡大し定着しました。21世紀には分権参加型の民主主義が問われつつあります。

周辺部については、20世紀前半は植民地支配の時代でした。後半には政治的独立が画期的に進みましたが経済的従属が続きました。21世紀は中国をはじめとするキャッチアップ組とアフリカの一連の国などの混迷・停滞組への周辺部の分岐が拡大しつつあります。

日本については、20世紀前半は後発帝国主義としての進出と侵略の時代であり、後半は経済大国化の時代でした。この展開は1980年代でピークを過ぎ、21世紀は失速と模索の時代に入っています。

 主要産業で見ると、20世紀前半は繊維や鉄鋼、後半は家電と自動車といえるでしょう。21世紀は情報産業とバイオが注目されておりますが、サービス部門の比重が強くなると見られております。

主要エネルギーで見ると、20世紀前半は石炭、後半は石油(と原発)が突出しました。21世紀は「クリーン・エネルギー」が期待されておりますが、間に合うか不透明です。

電子メディアで見ると、20世紀前半はラジオ、後半はテレビと電話、21世紀はインターネットと携帯電話が中心にあります。

反システム運動で見ると、20世紀前半は社会主義と民族主義が大きな力を示しました。これは20世紀後半も持続しますが、1960年代末頃からエコロジーやフェミニズムや「緑の党」などの新しい社会運動、市民運動が台頭してきました。21世紀は今のところイスラム原理主義が突出しているように見えますがその限界も明らかです。私としてはアソシエーション運動に注目するべきだと考えております。

とりあえずここでは「グローバル化」の問題に即して、9月11日の同時多発テロとそれに続くアフガン戦争について考えて見ましょう。

アルカイダは60カ国にもまたがる国際組織で、タリバン政権の権力中枢に食い込む一方、合衆国など一連の社会の内部で市民として生活し学び準備して、あれだけのことをやったのです。情報や資金や人が国境を越えて比較的自由に動く時代をアルカイダも示しております。またオウム事件で経験したことですが、国民国家の軍事力でなくても、つまり非国家の任意の組織や個人でも、巨大な破壊力を保持しうることが、今回も確認されました。国家暴力では抑制されつつある核兵器や生物化学兵器をテロルに走る原理主義集団または個人が製造使用しうるという問題、また現代的生活様式(航空機交通、コンピューターによる制御、高層ビルや地下空間など)が各種の破壊力に対してきわめて脆弱な構造をもっているという問題が突きつけられております。この線で時代の変化を読めば、合衆国で一部生じているように、ジョージ・オーエル『1984年』に見られるような情報統制国家の出現の危険、という面が見えてきます。

パレスチナ問題、アフガン問題、カシミール問題、旧ユーゴ問題をはじめとする一連の武力紛争の火種は、基本的には帝国主義支配や冷戦構造の負の遺産であり、国民国家形成という近代の課題の未完成または失敗を内実としております。しかし「グローバル化」の中身をめぐる対抗(覇権のグローバル化か世界市民のグローバル化か)を背景に、これらの問題が新しい文脈で問われはじめております。

テロルに対する合衆国のリアクションは「合衆国の自衛のための戦争」であり、テロル支援国家への武力攻撃であり、犯人逮捕と「軍事裁判」による処刑です。いろいろ粉飾していますが基本は従来の覇権国家の論理です。戦争ではなく、国連主導の国際警察行動と国際刑事裁判こそが求められているのだというNGOの見解がこれに対抗しています。合衆国政府はテロリストによる無差別殺戮を糾弾していますが、NGOの側は「誤爆」や「核兵器の抑止力」を正当化する覇権国家も「修正版無差別殺戮」の論理に立っているのではないかと非難しています。

テロルの温床としては、第一にパレスチナ問題をはじめとする歴史的不条理を長期に放置してきたことがあり、第二に貧困問題があります。放置の問題は、覇権のグローバリズムが覇権国の自国主義をベースに成立している以上、ご都合主義や二重基準の使い分けを伴わざるをえないことを示しております。覇権のグローバリズムのこのような限界は、CO2問題など枚挙にいとまがありません。貧困の問題では、「市場のグローバル化を通しての経済合理性と近代化の貫徹」というのが覇権のグローバリズムでしょう。これに対する反発も強い。世界市民的グローバル化の観点からは「再分配のグローバル化」と「草の根型の市民による援助」こそが必要だということになります。

日本の役割についても、覇権国家の末尾にくっつき軍事を含む国際貢献をするべきなのか、非軍事の生活支援と積極的平和構築と国連中心主義とに徹するべきか、意見の分岐があります。地球規模での市民の繋がりの画期的強化を背景にもつこの新しい対抗を基軸におき、9月11日事件からの出口がどういう形をとるか(おそらく中間的な形をとるでしょうが)を追跡すると、かなりの程度21世紀の前半を占えるのではないでしょうか。

第3体操「日常生活世界の変化を読む」

 「大きな時代の変化と身近な日常生活世界の接点を探ってみよう」、これが第3体操です。まずは日常生活活動の全体を【図3】のように整理してみましょう。



 この分類は日常生活活動を再生産、労働、学習、相互行為、自由時間活動に5分類した上で、これらを、どの活動にも必要な要素的活動と、人生の節目節目の厳しい選択に関わる戦略的活動で挟み込んでいます。

日本の場合で時代の変化との接点を探るとどうでしょうか。親世代では職業労働と学校学習が突出していて、その他の諸活動がしばしば犠牲にされました。個体の再生産を犠牲にした過労死などは典型ですが、子供の再生産、日常的学習、相互行為、自由時間活動についても根本的軽視が見られました。

これに対して若者世代は遊びや楽しい人生への志向が強く、相互行為や戦略的活動面で深刻な空洞化が見られる場合が多くなっております。これは若者世代の怠慢というより、親世代の生活世界軽視(子供社会の崩壊やコマーシャリズムの十字砲火放置など)の裏返しの表現であり、また対面コミュニケーションからますます乖離するコミュニケーション様式の全世界的展開とか、日本社会全体が失速し、新しい目標を模索していることなどとも関係しているでしょう。

 次に日常生活世界の中心組織である家族について見てみましょう。家族関係は【図3】のような諸関係からなりたっております。




 家族をめぐる時代の変化は、家族=家庭=世帯という「家族主義的三位一体」が崩れ、共同性の多様な形を積極展開することが問われているという点に見られます。例えば老人ホームというのがあります。もし家族=家庭=世帯という「家族主義的三位一体」に固執する限り、これは現代の姥捨てであり、実態としてもそれに止まっていると言えます。しかし「ホーム(居住共同体)の論理」をファミリーによる独占から解放しなければなりません。老人ホームをそこに居住する老人たちの居住共同体として、老人たち自身の手で築くにはどうすればよいか。こう問題は立てられるべきでしょう。

あるいは子供の保護養育は親の権利義務である。しかし家族がやせ細っている現状から見ると、子育てネットのように、血縁関係を超えて保護養育共同体をつくることが、子供社会の再建にとっても不可欠になっております。

日常生活世界の中の共同性の再建には、共同性の家族による独占を打破すること、そのために家族関係が独占している各種の共同性をいったん分析的に区別し、その上で、現在すでに進行している日常生活世界の共同性の構築の動きを積極的に意味付けていくことが必要でしょう。