辻野高宏
バロックとはルネサンスの後、おおよそ16世紀末から18世紀前半にかけて絶対王政時代に栄えた芸術様式のことであり、もともとの語源はポルトガル語の「barocco」形の整っていない真珠のことを指す。時代区分は各芸術によって異なり、美術、建築では主に17世紀を指し、18世紀からはロココ式という室内装飾的になったフランス後期バロック様式が流行する。音楽では16世紀末〜18世紀前半を指す。
バロック芸術は絶対王政の貴族文化花が開いた時代に生まれ、貴族文化を中心として反映した。そのため、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿に代表されるように、その権力を誇示する役割を持っていたが、一方では市民階級の生活感情を反映しつつ国民的な性格を強めた。しだいに商人や市民の台頭にともない、後のフランス革命に至る近世的な人間性への目ざめ、個人としての人間が確立されるまでの過渡的な期間に人間精神の変化と社会的な情勢の変化を受け、世俗性を強めながら啓蒙思想や個人主義の時代精神を反映した多感様式に変質していき、古典主義へと繋がっていった。
バロック芸術に対して歴史家や批評家が正当な関心が向けられるようになったのは20世紀に入ってからで、従来、バロック芸術は端正なルネサンス芸術に対する挑戦と解体という側面を持つために、ルネサンス芸術に対する異端として見られ、随伴的な意義しか持たなかった。その語源はもともとは曲線の多い装飾過多な建築物に対して侮蔑の意味をこめて使用されていたが、19世紀後半になって、特にスイスの美術史家ブルクハルトらがイタリア美術を積極的に再評価する際に「バロック様式」という言い方をしたことから、蔑称のニュアンスが消え、そして同じスイスの美術史家ヴェルフリンがルネサンス芸術とバロック芸術を対比しつつ、17、18世紀の建築様式の特質を明快につかみ出して見せた結果、バロック芸術はルネサンス芸術とは別の価値判断に基づく独自の様式理念であることが認められるようになった。
バロックという芸術様式の特徴として、劇的で大胆な表現というものが挙げられる。これは、建築、絵画、音楽など全てにおいて言える事で、ルネサンス芸術が調和と均整の静的な美を重んじる事に対し、バロック芸術は対比による強烈な印象、華麗で劇的な表現を特徴とする。語義からして、ルネッサンス芸術を正しい真珠の丸さだとすれば、バロック芸術は、その性格上イビツな真珠にも等しい。形式の均整を破っても表現の強さを重んずる様式である。激動し、躍動する生命力、それがバロックの本領であり、豪華な装飾と幻想的な錯視効果を駆使し、人の感覚に直接的に訴えかけ、観る者を圧倒する感覚的効果と虚構性こそがこの芸術様式最大の特徴である。ルネサンスが中世的な対立から開放され、人間とは何かというヒューマニズムを追求したのに対し、バロックはマニエリスムを経て壮大なダイナミズムを追求した芸術である。
ジル・ドゥルーズ
著『襞 ライプニッツとバロック』ではアンチ・デカルトとしてのライプニッツの思考を基にして、バロックなる「現象」を幾何学的なアプローチによって可視化、モデル化するという作業が行われている。バロックとは無数の襞の集まりによって構築されており、個々の分離する二つの領域のもの(塊の襞plis)を直線的な線ではなく、複雑な入れ子状の襞をなす曲線(物質の折り目replis)でもって二分し、流動的なその二分する襞を基にしてあたかも二つの方向にそって、水面の波のようにして襞が折り重なる事によって構成されている。この襞とは、芸術を構成する最小単位の抽象的な分子としての意味である。東洋的、ギリシャ的、ローマ的、ロマネスク的、ゴシック的、古典的といった他の時代の諸芸術においてもこの襞を最小単位として構成されているが、バロックにおいて特筆すべき点は襞は決して整然とは並ばす、この物質を構成している襞が増殖し、折り重なることによって多次元的な要素を結合し、更には諸芸術の枠を越えて広がってゆく点である。
襞における視覚的な例ではバロック絵画における流動感と複雑さはまさにこの構成要素である襞に起因し、地上と天上、現実と虚構などの多次元的な要素の結合はその襞の折り重なりによって行われている。建築や彫刻における過剰装飾は増殖した襞の末端であり、その全ては元となる襞の塊から伸びている。
バロック芸術においての特徴として、前述のとおり対比の手法による強烈な印象が挙げられるが、バロックにおいての対比の特徴はその相反する要素は決して分離することなく、調和するということである。襞は二つの領域にそって増殖しその領域を拡張するが、決してぶつかって境界線を作ることはなく、折り重なり、交わることによって二つの領域の結合と調和を実現する。
絵画においてはとりわけ光と影の調和というものが挙げられる。光と影のコントラストを対比的に使用する手法はオランダのレンブラントの作品群を代表して挙げられるが、相反する要素は決して直線では分離せず、微妙な曲線とグラデーションを伴って互いの領域は交わり、違和感なく見事に調和している。この曲線とグラデーションを使った相反する領域の結合と調和はまさに襞が増殖し、折り重なる事によって起こっている。
近代的な思考は主体と現象という二つの領域を明確に分けようとするが、バロックはその二つの領域を決して明確に隔てようとはせず、あくまで襞の折り重なりによって結合、融合したものとして世界を把握しているため、現象があくまで自然に主体的なものと調和する。超常的と日常的、人工と自然、個々では分離している二つの対比的な要素があるにもかかわらず、全体として調和する。それがバロックを構成するドゥルーズの襞の原理でありる。
バロックは様々な異なる要素を襞の増殖によって結合させ、全体が調和することによって一種の舞台美術造形法による総合芸術となる。壁面全体に額を越えて迫り出す絵画に代表されるように、夥しく増殖を続ける襞は絵画の額を越えて壁に浸出し、彫刻となり、その彫刻となった襞もまた空間を埋め尽くすように増殖して建築物へ、やがて街全体へと無限に広がってゆく。音楽、演劇などの芸術に関しても同じように襞を増殖させながら他の芸術と結合し、調和してゆく。すなわちそこでは、建築、絵画、彫刻、音楽、そして光の操作や、またそれらの配置法などあらゆる技巧が駆使され、全芸術が折り重なり、共鳴しあう。ライプニッツのいうバロック的編成とはそれらの要素が一つの普遍的な統一性を獲得し、この統一性は概念的な統一性へに向けて乗り越えられる。
バロックの世界は円錐形の世界を持ち、円錐としての世界はもろもろの芸術に対して最も高度な内的統一性と最も広大な外延的統一性を共存させる。そして、観点としての頂点から発する一種の投影によって、一つの統一性が与えられる。円錐の頂点は無限に折り畳まれる襞の表れとして、鋭角ではなく凹状に撓められる形を作る。これはあらゆる彫刻にあてはまり、円錐の基礎からの物体の収束と天井からの投影を意味する。
バロックは全体的な芸術を確立し、芸術の統一性を確立したとすれば、それはまず外延においてであり、それぞれの芸術はそれを逸脱する次の芸術において延長され、そしてまさに実現されるという傾向を持つ。バロックは諸芸術を一つに融け合わす総合的な芸術であった。